知床四季のフォトエッセイ
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知床四季のフォトエッセイ
2004年
研修旅行12月
森の掟11月
フィナーレ10月
県民性 9月
真夏の夜の夢 8月
近況 6月
旅立ち 5月
調和 4月
同窓会 2月
世界で一つだけの花 1月
2003年
師走12月
早朝の港11月
星風呂の家 9月
約束 8月
それぞれの思い 7月
達成感 6月
共存 5月
春の訪れ 4月
冬のタンポポ 3月
流氷ウオーク 2月
心の栄養 1月
2002年
楽しむ12月
秋に想う11月
自然観察会INルシャ10月
輝いている 9月
笑顔の秘密 8月
無農薬 7月
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No,11 2003年5月号 著者:村石孝枝
 知床では野生の鹿が増えて その被害も広がっている。 10年程前までは 鹿は森に住むもので たまたま 道路際に 出てきたりしたら 地元の人でも 「カメラ!カメラ!」と あわてて シャッターを切ったりしていた。  それが どうでしょう!! この頃では いたるところに 群がっている立派な角をつけた 雄鹿が 悠々と郵便局の前を横断している。 知床ならではの風景に観光客の方は 大喜びだが 地元民の悩みは深い。  花の種を蒔けば 新芽のうちに食べられてしまうし 家庭菜園のネギは 根こそぎとられてしまう。そして 家の周りに植えた 一位の木は ぐるりと皮をはぎ取られて ほとんど枯れてしまった。  我が家の庭の隅っこに白樺の木が 5,6本ある。大雨が降ると この木の下で鹿の親子が雨宿りしながら 子鹿はおっぱいを飲んでいる。 この親子は 子鹿がまだ ほんのよちよち歩きの頃から現れ 子鹿の 成長を家族で見つづけていた。  遠方から来た友人に「この鹿うちで飼ってるの」と冗談で言うと 「ふ~ん 大変だねえ さすが知床だ!」と真剣に返してくる。 最初のうちは「かわいいね あの濡れたような ひとみが草食動物特有で やさしそうだね」など寛大な気持ちでいた。  ところが ある日 私が仕事から帰ってみると 丹精こめて育てた バラのつぼみが無くなっている。 明日にでも咲きそうだった 黄色いバラのつぼみ。  このバラは特別なのだ。「結婚20周年に主人がくれた花束の中の 1本を挿し木にしたら根付いて はじめての花をつけた」という ドラマチックなものなのだ。  ハッと気づいて斜め後ろを見ると あの親子の傍らに無残に バラの 葉が落ちている。 「やられた」と思った瞬間に自分の中で何かが音を立てた。 もうこうなると草食であることや つぶらなひとみも利点にはならない。 「なんで人が大切に育てたもの食べるのよ。つぼみが甘いからって そこだけ食べることないでしょ!エサくらい自分で捜しなさい!! 熊だって キツネだって みんな自立しているのよ。草食なんて上品 ぶっているからダメなの。雑食になりなさい 雑食に」  もうわけのわからない メチャメチャなことを言ってしまう。 たかがバラ。されどバラなのだ。  この時の花を亡くした喪失感は 今も私の心のトラウマになって 時々夢に出てくる。  だけど こんなふうにしてしまったのは人間だ。 それは もうこの知床に住んでいる人は みんなわかっていると思う。  開発が進み 以前は熊や鹿の「けもの道」だった場所に建物や 道路ができて 行き場を無くした動物たちは その辺を ウロウロしはじめる。 観光客に エサを与えられたりすると 味をしめて もう森へは 帰らず 常に人目に触れるようになる。そうすると今度は 人間が「危険」を感じ 最終的には駆除するという 悲しい結末になる。  だから どうしたらいい という決定的な解決策はないけれど。 よく言われているように自分達も この知床の自然の中に 生かされているという 謙虚な気持ちを持つことは大切だと思う。 謙虚さとは 相手を思う気持ちに通じるから けっして けっして 鹿に「雑食になりなさい」などと言っても いけないし みじんも 思ってもいけないのだ。
 
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写真
1枚目:エゾシカ知床ウトロ4月

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「知床四季のエッセイ」著作 村石孝枝
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